2016/04/12
どうも。
みんなの夢の職業の1つ、宇宙飛行士。
宇宙で一発ブイブイいわせたい者たちが夢見て、儚くも散っていく狭き門である。
そんな栄えある宇宙飛行士になった日本人たちは、これまで何人いてどんな人たちだったのか?
今回はちょっとこれまでの歴代日本人宇宙飛行士たちについて紹介しよう。
日本人宇宙飛行士たち
じゃあ今までに実際に宇宙へ飛び立った日本人たちを順番に見てみよう。
秋山豊寛(あきやま とよひろ)
<出典:masaokato.jp>
記念すべき日本人初の宇宙飛行士。
1990年にジャーナリストとして宇宙から報道を行ったすごい人。
本来は毛利衛さんが先に宇宙へ行くはずだったんだけど、1986年のチャレンジャー号爆発によって出発が遅れ、結果日本人初飛行士の称号を得たラッキーメン。
宇宙との中継で初めて発した言葉は
「これ、本番ですか?」
ある意味伝説を残した人物である。
毛利衛(もうり まもる)
<出典:ja.wikipedia.org>
1992年、日本人で初めてスペースシャトルに乗った人物である。
不運にも日本人初飛行士ではなくなっちゃったけど、知名度的には毛利さんのがあるかな。
「宇宙には国境は見えなかった」
という名言を残したことで有名。
2000年にも再び宇宙へ上がっている。
「死は恐くない」という、屈強な精神の持ち主である。
向井千秋(むかい ちあき)
<出典:ja.wikipedia.org>
日本人初の女性宇宙飛行士。
1994年と1998年の2回、宇宙飛行を行っている。
東京理科大学の副学長だったり、外科医だったり、スキーがめっちゃ上手かったり、バス釣りが趣味だったりと多彩な才能を持つ。
あの石原裕次郎の担当医の1人でもあった。
すげー。
若田光一(わかた こういち)
<出典:ja.wikipedia.org>
1996年、2000年、2009年、2013〜14年と、日本人最多の計4回も宇宙飛行してる人。
宇宙滞在時間は通算で347日8時間32分と、1年近くを宇宙で過ごしたことになる。
ミッションスペシャリストっていう、アメリカ人以外は認められてなかった資格を日本人で初めて手に入れてロボットアームの操作を行った。
元野球部ってこともあって、2009年4月の阪神・巨人戦で国際宇宙ステーションから「宇宙始球式」なるものまでやってる。
土井隆雄(どい たかお)
<出典:ja.wikipedia.org>
1997年、2008年の2回宇宙飛行を行った。
1997年時には、日本人初の船外活動を経験している。
宇宙飛行士としては、毛利さんと向井さんと同期である。
天文学が得意で、超新星を発見したり、天文物理学の博士号を取得してたりする星マニア。
野口聡一(のぐち そういち)
<出典:ja.wikipedia.org>
2005年と、2009〜10年の長期滞在の2回、宇宙飛行している。
若田さんに次いで日本人では2人目の国際宇宙ステーション長期滞在の任務にあたる。
国際宇宙ステーションでは船外活動も行った。
宇宙ステーションにいながらtwitter投稿したり、サンタクロースのコスプレしたり、正月には書き初めしたり、スマスマに出演したりと活動の幅が広い。
星出彰彦(ほしで あきひこ)
<出典:ja.wikipedia.org>
2008年と2012年に宇宙飛行を実施。
4歳で宇宙飛行士に憧れ、夢を実現した人。
国際宇宙ステーションのロボットアームを操作して、日本の実験棟「きぼう」を設置する作業を行った。
2012年には船外活動の日本人最長記録である21時間23分を達成。
実はブロガー。
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